時計と私

      2017/10/09

中村家は、祖父母の代まで時計屋さんでした。
お店の名前は「中村時計店」
小さな町の時計屋さんでした。

店主である祖父は、私が産まれる前に亡くなり、その後は祖母が一人で店を切り盛りしてましたが、私が小学校に入った頃に引退し、お店は廃業しました。

大きな振り子時計がいくつも置いてある店の光景が何となく記憶に残っています。

廃業した時の、時計の在庫は、人に譲ったり捨てたりしましたが、家にはたくさん時計がありました。

子供の頃は、祖母からもらったディズニーのキャラクターを模した手巻きの腕時計を付けてました。
それも低学年の頃まででしょうか。

私が高学年になる頃、世間ではデジタル腕時計の人気が出てきました。

 

めちゃくちゃカッコイイ!

 

デジタル腕時計に憧れました。
いちいち手巻きする腕時計なんか時代遅れで、格好悪いと思うようになりました。

しかし、我が家の在庫にデジタル腕時計はありません。

私の少ない小遣いではデジタル腕時計を買うことも出来ずに、そのまま時は過ぎ、大きくなりました。

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中村時計店の時計

中村時計店の時計我が家のリビングの壁にかけてある時計です。
昭和レトロな感じがする時計ですね。

これはお店の在庫だったものです。

東京時計東京時計製造株式会社という今は存在しない時計メーカーのものです。
40年くらい前に製造されたものだと思います。

今ではこの時計が唯一、中村時計店の名残として残って今でも元気に動いています。

大人になってからの私と時計

学生時代には携帯電話が登場し、腕時計を付けなくても携帯で時刻を確認する事ができるようになりました。
おまけに携帯は1秒たりとも狂う事なく時刻を表示してくれます。

もはや機能として腕時計は、私にとって不要となりました。
ロレックスやオメガなど人気の高級腕時計に憧れはありましたが、わざわざ高いお金を払ってまで手に入れる価値は感じませんでした。

その後、勤めていた飲食店では(今は営業マンですが前職は飲食店でした。)お客さんの注文を受けた際、伝票に記入時刻を書く必要があり、腕時計の着用が義務でした。
ですから義務的に安物の腕時計を付けた事はありましたが、それも仕事中だけでした。

プライベートでは、携帯で時刻を確認するという動きが完全に体に染み付きました。

そんな私に変化が

1秒たりとも狂う事の無い携帯(スマホ)で時刻を確認するという事が染み付いた私ですが、最近になって機械式腕時計に関心が出始めたのです。

時計の機能としては携帯(スマホ)のほうが優れていますが、それでも機械式腕時計には十分に魅力がある事に気付きました。

時計としてではなく、工芸品として感じる事ができるようになってきたからです。
しかも機械式腕時計は普通の工芸品と違い、身に付けて持ち歩く事が出来るのです。

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男性はたいていメカが好きですが、時計は複雑なメカです。
メカと言えば車もメカで、車が好きな男性も多いですが、車は乗る事が出来ても身に付けて歩くことはできません。
時計は複雑なメカを身に付けて持ち歩く事が出来るのです。

オシャレの選択肢が、女性に比べて少ない男性が、工芸品でもありメカでもある時計を身に付けるなんてイイじゃないですか。

また、機械式腕時計は、わざわざ手で巻いてやらないと動きません。
手で巻く事によって時計が動く、つまり時計に命を宿す事が出来るのです。
毎朝、毎朝、時計に命を宿す。
これは時計と人間との交流です。
自動巻きなら、自分が動く事によって時計も動く事が出来るのです。
これも時計と人間との交流以外の何物でもありません。
時計と交流する事により、より時計に愛着が沸くのです。
時計が好きになったら理解できると思います。

時刻を確認するという意味だけなら携帯(スマホ)があれば十分です。
スマホはメカというよりコンピューターなので、最新のコンピューターを持ち歩くという面白味はありますが、時計と面白さの意味が違います。
工芸品でありメカでもある時計と、最新のコンピューターであるスマホは競合しません。
たまたま時刻を確認するという共通点があるだけです。

機械式腕時計を見て時刻を確認する自分をイメージすると、ポケットからスマホを取り出して時刻を確認する自分が格好悪く思えるようになってきました。
時刻は時計で確認するのがスマートに思えるようになってきました。

今の自分は、中村時計店の影響を受けたとは思えませんが、大いに時計に関心が出てきたのです。

続き:ロンジン ハイドロコンクエスト「ブラックアウト」

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